アメリカのインクルーシブ教育・
特別支援教育を解説!

アメリカには750万人以上 (2021年時点)の身体障がい・知的障がい・発達障がいを持つ乳幼児からティーンエイジャーの子どもたちがいます。その中で、特別支援教育は「障がいを持つ生徒一人ひとりのニーズを満たすために特別にデザインされた教育」として、無償で提供されます。この法的根拠となるのが「障がい者教育法 (Individuals with Disabilities Education Act、以下IDEA)」です。IDEAでは、障がいを持つ生徒たちが可能な限り同年代のクラスメートと一緒に一般学級で教育を受けることを約束していて、これにより「インクルーシブ教育」が実現されています。

インクルーシブ教育とは

近年日本でもよく耳にする「インクルーシブ教育」とは一体なんでしょうか?
インクルーシブとは日本語で「包括的な」や「すべてを含んだ」と訳され、日本ではインクルーシブ教育は「障がいの有無に関わらずすべての生徒が受け入れられる教育環境」という意味で用いられています。
障がいを持つ生徒が、障がいを持たない生徒と同じ教室で学ぶことで得られる利点はたくさんあります。
例えば次のようなものです。

  • コミュニケーション、表現、言語、識字能力の向上
  • 学業成績の向上
  • 社会認知力や倫理観の向上
  • 多様な友人関係の構築
  • 他者との違いへの理解・受容

さらに、インクルーシブ教育は障がいを持たない生徒にも同様のメリットがあることが証明されています。
また、私たち日本人が理解しておかなければならないことは、インクルーシブ教育は単なる教育方法のことではなく、ある信条に支えられた「文化」のことを指しているということです。

実は、インクルーシブ教育には各国共通の定義というものが存在しません。
アメリカでは「制限の少ない環境 (Least Restrictive Environmen、以下LRE)」と表現される一方、1980年代以降インクルーシブ教育が発展したイタリアでは「すべての生徒が歓迎される環境」と定義されています。どちらの定義にも、「生徒たちは彼らの障がいや特性に関わらず、学年に応じた教育が受けられるべき」であり、「教育関係者のバイアスによってそれらが阻まれるべきではない」という信条が込められています。

アメリカの特別支援教育は、この「インクルーシブ教育の文化」がベースとなっています。このベースにより、障がいを持つ生徒たちは可能な限り、障がいを持たない生徒たちと一緒に過ごすことができるように考えられているのです。また、日本においても、生徒や保護者に限らず学校教育に関わるすべての人々が上記の信条を共有していくことが、「インクルーシブ教育への転換」に必要な一歩なのだと思います。

アメリカの特別支援教育の特徴

アメリカの特別支援教育には、以下の特徴があります。これらは、障がいを持つ生徒一人ひとりのニーズを満たすために大切されています。

生徒一人ひとりに合わせて教育プログラムをパーソナライズ

アメリカの特別支援教育は、生徒一人ひとりのニーズに合わせてデザインされます。 例えば、どの学校でもデジタル端末を用いたサポートを行っていて、発話面に課題がある生徒には他者と会話できるよう、授業中やランチタイムなどに音声コミュニケーションアプリが搭載されたタブレットが支給されます。また、ディスレクシアを持つ生徒がワークシートを拡大して文字を読んだり、タイピングや音声認識で文字が入力できたりするよう、ノートパソコンが活用されています。 このようなテクノロジーを用いたサポートの他に、英語が母語ではない生徒には、必要に応じて生徒の母語が話せる教師が加配されることもあります。

データに基づいた評価と目標設定

生徒に合わせた教育プログラムをデザインするために、学校は生徒の現在の学力や行動、ソーシャルスキルなどのレベルを測定します。また、本人や保護者、専門家などとともに生徒の短期目標と長期目標を設定します。 そして、毎学期末になると、短期目標および長期目標の達成状況に関して各教師からのレポートが郵送または電子データで送付されます。このデータは教師チームの見解に加え、主治医の所見をもとに作成されます。これにより、保護者は生徒の進歩を確認でき、内容に疑問があれば、いつでも教師たちに質問することができます。

特別支援教育が最大限の効果を出すための関連サービス

特別支援教育を効果的に受けるために必要性が認められれば、生徒は関連サービスを受けることができます。 関連サービスには送迎・言語・聴覚・理学・作業療法・ソーシャルワーク・カウンセリングなどがあります。 例えば、重度の知的障がいがあるために他の生徒と同じスクールバスに乗ることができない生徒には、専用のスクールバスが用意されます。また、生徒のコミュニケーションに問題がある場合、意思疎通に必要な基本的な言葉を一定の場面で適切に用いることができるよう、言語聴覚士から指導を受けることができます。

アメリカの特別支援教育の基礎・
IDEAの6原則

特別なニーズを持った生徒に対して学校区 (School districts)ができるだけ早い段階で介入し、特別支援教育や関連サービスをどのように提供するかについて各州や公的機関が規定する法律が「障がい者教育法 (IDEA)」です。

この法律は、1990年に「全障がい児のための教育法 (Education for All Handicapped Children Act、以下EAHCA)」から名称が変更されたもので、EAHCAは1975年にアメリカで初めて障がいのある子どもへの教育について制定した法律です。

IDEAにより、障がいのある子どもたちが無償で適切な公教育を受けられるよう、特別支援教育および関連サービスが保証されています。また、IDEAには柱となる6つの原則があります。

子どもの発見 / 拒絶ゼロ 開く

生徒が持っている特性や障がいにかかわらず、教育から得られる効果を全員が等しく得られるよう、学校区が障がいや特性のある生徒を探し出し、一人ひとりのニーズを特定することが義務付けられています(「子どもの発見」)。 また、学校は障がいを理由に生徒の入学を拒否できません(「拒絶ゼロ」)。

差別のない評価開く

特別支援教育を受けるにあたり、学校区は生徒の障がいについて評価を行います。評価が公正で先入観のない、生徒のニーズに合ったものとなるよう、その方法には所定のガイドラインが設けられています。例えば、テストは生徒の母国語で行わなければならず、そのために必要であればタブレットを持ち込んだり、通訳をつけたりすることがあります。 また、テストは生徒の年齢や障がいに合ったものであると同時に、知識がある適切なスタッフによって実施される必要があるため、テストには学校のチームの中でも勤務経験が長い専門教師やELL教師 (English Language Learners Teacher、英語学習者向け教師)が携わります。

個別教育プログラム (IEP)開く

IEP (Individualized Education Program)は障がいを持つ生徒の得意なことや課題、目標、それらをベースとして一人ひとりに合った教育や療育のプログラムが記載されている文書で、学校区と保護者との間で交わされる契約とみなされます。 IEPは生徒が特別支援教育を受ける必要があると判断された時点で作成され、最低年一回更新されます。これらの作成・更新のためのミーティングには、対象となる生徒と保護者、学校メンバーなどが出席します。 詳しくは「アメリカの特別支援教育のステップ」の「③IEPを作成する」を参照。

無償かつ適切な公的教育 (FAPE)開く

FAPE (Free Appropriate Public Education)の「Free(無償)」とは、障がいを持つ生徒が公的教育を経済的負担なしで受ける権利があるという意味です。これは、特別支援教育のみでなく関連サービスも対象となります。 また、「Appropriate (適切な)」とは、提供される教育プログラムは生徒が一般教室で授業を受けられるようにするためのもので、個別のニーズにもとづいて計画されなければならないということを指しています。この目的は、障がいを持つ生徒がそうでない生徒と同等の教育を受けることを保障するためです。なお、地元の学校区が生徒のニーズに合う教育を提供できず、隣接する学校区の学校にまで登校しなければならない場合、地元の学校区がその費用を負担することが義務付けられています。

最も制限の少ない環境 (LRE)開く

この原則では、障がいのある生徒が可能な限り一般学級で授業を受ける権利があることを認めています。ここでいう「制限の少ない環境」とは、一般学級で同じ年齢の生徒と授業を受けることができる環境のことをいいます。一方、生徒のニーズを満たすためにあらゆる手段が議論されてもなお、一般学級では不十分だとみなされた時点で初めて、「制限のある環境」が検討されるべきだとされています。 「制限のある環境」には、取り出し指導や特別支援教室などがあります。しかし、アメリカでは、障がいを持つ生徒が常にこのような環境で授業を受けるというケースはまれです。

保護者の参加開く

生徒が特別支援教育を受ける際になされる決定には、すべて保護者の同意が必要です。例えば、学校がIEPミーティングを行うのに保護者の許可が必要であったり、そのミーティングで決定したプログラムやテストを実施する前にも保護者の承諾を得たりしなければなりません。 また、その生徒に適した教育プログラムを作成するにあたって、保護者は学校関係者などと対等な立場で議論に参加することができます。そのため、もし保護者が非母語話者で英語のコミュニケーションに支障がある場合は、学校は通訳を入れなければなりません。

差別のない評価開く

特別支援教育を受けるにあたり、学校区は生徒の障がいについて評価を行います。評価が公正で先入観のない、生徒のニーズに合ったものとなるよう、その方法には所定のガイドラインが設けられています。例えば、テストは生徒の母国語で行わなければならず、そのために必要であればタブレットを持ち込んだり、通訳をつけたりすることがあります。 また、テストは生徒の年齢や障がいに合ったものであると同時に、知識がある適切なスタッフによって実施される必要があるため、テストには学校のチームの中でも勤務経験が長い専門教師やELL教師 (English Language Learners Teacher、英語学習者向け教師)が携わります。

無償かつ適切な公的教育 (FAPE)開く

FAPE (Free Appropriate Public Education)の「Free(無償)」とは、障がいを持つ生徒が公的教育を経済的負担なしで受ける権利があるという意味です。これは、特別支援教育のみでなく関連サービスも対象となります。 また、「Appropriate (適切な)」とは、提供される教育プログラムは生徒が一般教室で授業を受けられるようにするためのもので、個別のニーズにもとづいて計画されなければならないということを指しています。この目的は、障がいを持つ生徒がそうでない生徒と同等の教育を受けることを保障するためです。なお、地元の学校区が生徒のニーズに合う教育を提供できず、隣接する学校区の学校にまで登校しなければならない場合、地元の学校区がその費用を負担することが義務付けられています。

保護者の参加開く

生徒が特別支援教育を受ける際になされる決定には、すべて保護者の同意が必要です。例えば、学校がIEPミーティングを行うのに保護者の許可が必要であったり、そのミーティングで決定したプログラムやテストを実施する前にも保護者の承諾を得たりしなければなりません。 また、その生徒に適した教育プログラムを作成するにあたって、保護者は学校関係者などと対等な立場で議論に参加することができます。そのため、もし保護者が非母語話者で英語のコミュニケーションに支障がある場合は、学校は通訳を入れなければなりません。

アメリカの特別支援教育のステップ

「アメリカの特別支援教育の基礎・IDEAの6原則」で紹介した通り、アメリカの特別支援教育はIEPをもとに提供されます。学校が生徒のニーズの有無を特定してから、保護者らを交えてIEPを作成するまでのステップは次の通りです。

特別なニーズを持つ可能性がある生徒を特定する

アメリカの特別支援教育は、まず、その生徒に特別支援教育などを受けるニーズがあるかどうかを特定することから始まります。 各州には、特別支援教育や関連サービスを必要とする障がい児すべての所在地を特定し、評価を行うことが義務づけられています。そのため、ある生徒が学校生活において何らかの困難を抱えていると判断した場合、学校の教師はその生徒に特別支援教育が必要かどうかを保護者に相談します。もちろん、保護者が生徒の入学もしくは障がいに気づいた時点で、学校に相談することも可能です。

生徒の障がいを評価し、特別支援教育が必要かどうかを話し合う

スペシャリスト (児童精神科医、小児神経科医、発達小児科医または心理士)により生徒がどのような障がいを持っているかを診断します。 次に、その結果を受けて学校のチームが生徒と保護者を交え、その生徒にとって特別支援教育が必要かどうかを話し合います (Eligibleミーティング) 。この会議に参加するメンバーは、生徒本人と保護者に加え、学校から校長、担任、特別支援教諭、言語聴覚士、ELL教師、心理士と様々。 その生徒が学校生活や日常生活で抱えている困難さに焦点をあて、本人や保護者の申し立ては元より、診断書や、教師などが生徒とやりとりして得られた結果をもとに議論を行います。ここで特別支援教育を受ける資格があるとみなされた場合、「Eligible」と判定されます。 (Eligibleは、日本語で「~にふさわしい」という意味です。) もちろん、学校のチームが生徒のニーズについて検討を重ねた結果、特別支援教育以外の形で学校生活をサポートすることが可能だと判断する場合もあります。その場合、テストの時は通常より時間を延ばしたり、授業では生徒の集中力を維持させるよう前の座席にしたりするなどの配慮 (Accommodation)がなされます。 また、もし保護者が会議の判定に同意できない場合は、別のスペシャリストによる独立教育評価 (Independent Educational Evaluation、以下IEE)を受ける権利があります。IEEの費用は学校に負担させることができます。

IEPを作成する

学校区から生徒が特別支援教育を受けるのに適しているという判定がなされると、学校はIEPを作成するためのミーティング (IEPミーティング)を行います。 「アメリカの特別支援教育の基礎・IDEAの6原則」の「③個別教育プログラム (IEP)」で説明した通り、IEPは障がいを持つ生徒一人ひとりに対する教育や療育のプログラムが記載された文書です。 具体的には、次のような内容が記載されています。

  • 現在の学業レベル
  • 教育目標 (短期目標と年間目標)
  • 生徒に提供される特別支援教育プログラム
  • 特別支援教育の開始日や想定される継続期間
  • 目標が達成されているかどうかを判断するための客観的基準や評価手続き、スケジュール

なお、教育目標は各州のCommon Core Standard (教育共通基準)をベースにして設定されます。Common Core Standardとは、アメリカの生徒すべてが就職や進学のために達成すべき一連の学習目標を示した教育内容の基準のことです。 IEPの作成には、Step2のメンバーに加えて地域の教育委員会の代表者が参加します。 学期終わりにはIEPの内容に沿って教育目標が達成されたかを判断し、さらに翌年度の新学期を迎える前にはIEPを更新するミーティングが行われます。また、決定した内容には必ず保護者の同意が必要であり、必要があれば保護者は学期途中でもIEPを修正するためのミーティングを行うよう申し立てることもできます。